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上善若水
水善利万物而不争
処衆人之所悪
故幾於道
夫唯不争 故無尤。
人之生也柔弱
其死也堅強
万物草木之生也柔脆
其死也枯槁
故堅強者死之徒
柔弱者生之徒。
天下莫柔弱於水
而攻堅強者 莫之能勝
其無以易之
弱之勝強 柔之勝剛
上善は水のごとし。
水は、万物をよく利して争わず。
衆人の悪(にく)む処(ところ)に居る。
故に道に幾(ちか)し。
其れただ争わず、故に尤(すぐ)れて無なり。
人の生や柔弱。
その死や堅強。
万物草木の生や柔脆(じゅうぜい)。
その死や枯槁(ここう)。
故に堅強なる者は死の徒。
柔弱なる者は生の徒。
天下に水を於いて柔弱は莫(な)し。
而(しこう)して堅強に攻むる者、
之(水)に能(よ)く勝るは莫(な)し。
其れ、無を以って之を易し。
弱は強に勝り、柔は剛に勝る。
上善なるものものは。水のようである。
水は、大地や万物を潤して、争うことがない。
人々が嫌がる低きに流れ、ゆえに道(Tao)に似ている。
それはただ争わない、ゆえに尤(すぐ)れて無なり。
人が生きることは、柔弱である。
人の死は硬直であり、堅強である。
万物や草木が生きることは、柔脆(じゅうぜい)である。
その死は、枯れ朽ちてしまう。
ゆえに、堅強ということは、死への歩みであり。
柔弱でいるのは、生命の歩みである。
この世に水ほど柔弱なるものはない。
どんなに強い軍隊であっても、水に勝つことはできない。
それは無を為せば、たやすいことだ。
弱いことは強きに勝り、柔らかいことは剛(かた)きに勝る。
聖人たるべき天下国家を治める君子候王、
最も天地の理にかなう行ないは。水のような行ないである。
水は大地や動植物を潤し、命を与えて、むやみに争うことがない。
人が嫌がる最も低いところへと流れ下り、大地の下(もと)となる。
それゆえに道(Tao)に似ている。
水は、自然の流れに逆らうことがなく、争うことがないので、もっとも優れて無を為している。
人が生きているということは、柔らかく動き、弱いかのようだ。
それが死んでしまうと、硬直して、固くなり葬られてしまう。
自然の草や木も同様に、生命あるうちは柔らかく、脆(もろ)い存在だ。
それが死んでしまうと、枯れて渇き、水気をなくして朽ちてしまう。
それゆえに、君子候王たる者、
堅く強くあろうとしたり、節を曲げないことは、滅びにいたる徒(かち=歩み)であり、その道のりを進むことになる。
美や醜、善や不善(第2章)、いずれにも偏らず、柔らかく弱きかのようであれば、天下は治まり、生命を永らえ滅びずに持続する。
この世に水ほど柔らかく、弱くみえるものはない。
しかし、どんなに強い者が切り裂こうとしても、分かれてはまとまり、従っているかのようで自由にかたちを変え、柔軟にして滅びることがなく、水に勝つことはできない。
そのような、奥深い真実の境地は、無を為せばたやすい。
弱いということは、実は強きに勝ることで、柔軟ということは、実は猛きや剛毅に勝る。
One-Point ◆ ここでの掛け言葉やダブルミーニングは「故無尤」です。一般的には「ゆえに尤(とが)無し」と読み下されます。それも間違いではないのですが、「尤」には「優れる」の意もあり、「尤(すぐれ)て無なり」のほうが老子らしい。
また、「故無以易之」は難解とされていますが、素直に「無を以って之を易し」と読み下せばいいのです。「易」を「易姓革命」の易と難しく、「易(か)わる」と読み下すから、かえって文意がおかしくなります。
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