宝瓶宮占星学 ―宝瓶宮時代の新しい西洋占星術―

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特別講座2:プラトン年の理解

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ホロスコープも人類歴史もプラトン年によって決まる

現代人のホロスコープ(出生天球図)のみを鑑定するなら、「プラトン年」はあまり関係がありません。
そうではなく、「ホロスコープ」の元データの制作をはじめ、「人類歴史」にかかわるリーディングでは、「プラトン年」の理解は、必要不可欠です。

▲ヒッパルコス(hipparchus)
BC190頃-BC120頃
プラトン年を発見した古代ギリシャの天文学者


●第1稿 : 2012年 9月21日アップ

《 ホロスコープとプラトン年 》

ホロスコープというのは、「プラトン年」なくして成り立ちません。
数10年程度ならともかく、100年や200年、さらには1,000年、2,000年といった人類歴史的なタイムスパンでもってホロスコープをリーディングするとき、「プラトン年」の理解なくしては、「ホロスコープ」そのものを正しく作成できなくなってしまいます。
たとえば、「牡羊宮10度の天王星」といったように、星はサイン(宮)と度数で表示されます。
そのサイン(宮)や星の位置が、「プラトン年」によって、約72年に1度ずつ移動しているということが理由の1つです。
「ホント?」
「72年に1度? たいしたことないじゃん。関係ないよ」
確かに一般人には関係ありません。
しかし、ホロスコープの元データとなる「天文暦」を制作したり、ホロスコープ作成ソフトの「プログラム」を組むとき、絶対に理解しておかなければならないのか「プラトン年」つまりは、地球の歳差運動にともなう「春分点」の移動です。

One-Point ◆ 個人の半生程度であれば、サイン(宮)の移動は0.5度くらいのものです。それでも、ASC(Ascendant アセンダント=上昇点)といった基本点や星の正しい度数を知ろうと思えば、「プラトン年」すなわち「春分点」の移動を考慮した信頼できる「ホロスコープ作成ソフト」や「ホロスコープ作成サービス」を利用しないと、誤ったホロスコープになってしまいます。


どれくらい星は移動しているの?

●約2,160年前に牡羊宮0度だった星の位置は、現代では、牡牛宮0度に変わっています。
また、現在のホロスコープで牡羊宮0度というのは、当時の魚宮0度の位置になります。
現在と約2,160年前とでは、約1サイン(宮)=30度分も、サイン(宮)や星の位置が移動しました。
この移動は今後も続き、約72年に1度、36年に0.5度、7年と73日に約0.1度ずつですが、変わらずにズレていきます。

《 プラトン年と人類歴史 》

人類歴史的なタイムスパンでみれば、ホロスコープも、人類歴史も、「プラトン年」すなわち「春分点」の移動に伴って、刻々と変わっています。
それゆえ、ホロスコープをリーディングすれば、人類歴史の出来事や時代の方向性が分かるのです。
こじつけのように思えたり、短絡的な論理に思えるかもしれませんが、ちゃんと理由があって、これが事実です。
もし、西洋占星術研究家や、西洋占星術師、またマニアの皆様が、これを否定するなら、ホロスコープから個人の性格や運勢、また日常的な出来事を読めるといったことがナッシング(皆無)になります。
このサイトをご覧の皆様であれば、人類歴史は「白羊宮時代」から「双魚宮時代」へ、そして今日の「宝瓶宮時代」へと、約2,160年の単位で移り変わっていることを、ご納得するしないはともかく、ご存じでしょう。
そして各時代は、そのサイン(宮)の象意に基づいて、時代のパラダイムが決まっていくということも…。
そのパラダイムに沿った方向で、歴史は発展し、運勢を伴っていきます。

One-Point ◆ 宝瓶宮占星学では、紀元前170年頃までの約2,160年間を「白羊宮(はくようきゅう)時代」といいます。その後、1989年の「宝瓶宮(ほいうへいきゅう)時代のビッグバン」までの約2,160年間が「双魚宮(そうぎょきゅう)時代」です。各時代が正式に始まる360年前あたりから次の時代の影響圏に入り、新しい動きが生じてきます。


「春分点」の移動は71.6年に1度

●「春分点」の移動が、約72年に1度というのは丸めた数字です。
人間が定めた1日は24時間ですが、地球の自転周期は、23時間56分04秒です。
それを「24時間で地球は1周する」と表現するようなものです。
厳密にいえば、71.6年、つまり71年と220日(7か月7日)ほどで、「春分点」は1度移動している計算です。
ただこれも、厳密に天文学的な観点からいえば、丸めた数字にすぎません。

《 春分点とプラトン年 》

ご存じだと思いますが、ホロスコープの起点は「牡羊宮0度」です。
「牡羊宮0度」の位置は、インド占星術(ジョーティシュ)では不変ですが、西洋占星術はどうでしょうか?
当然ですが、西洋占星術の「牡羊宮0度」は、「春分点」の位置をもって決まります。
太陽の通り道である黄道360度をホロスコープに写しとって、「春分点」を起点として正確に30度ずつ、12のサイン(宮)に区分するのが西洋占星術です。
本来、プラシーダスやレジオモンタナスなど「ASCハウスシステム」の場合は、ハウス(室)が基準なので、ハウス(室)を30度ずつ配するのが正しくなります。
しかし、太陽サイン(宮)を第1ハウス(室)におく「ソーラーサイン・ハウスシステム」の場合は、サイン(宮)もハウス(室)も30度ずつです。
ちなみに、西洋占星術本などに載っている「黄道を30度ずつ12星座に分けて…」という表現は誤りです。
天体の黄道12星座(正しくは黄道13星座)は、それぞれに幅が異なりますので、30度ずつではありませんし、星座が移動することはありません。
移動しているのは地球や星(メインプラネット 十大惑星)、またホロスコープ上の「サイン(宮)」であって、空の星座は不動です
そのため、「しし座流星群」といえば、確かに天体の「しし座」付近で見られますが、ホロスコープ上でいえば、現在は乙女宮(一般の星占いでは「乙女座」)になります。
約2,160年前は確かに「しし座」近辺が獅子宮だったのですが、すでに現在は1サイン(宮)分もズレてしまっています。
これは、ホロスコープの起点である「牡羊宮0度」すなわち「春分点」が移動しているためです。
では、「春分点」とは何でしょうか。
なぜ「春分点」は移動するのでしょうか。そして「プラトン年」との関わりを次にご説明してまいります。

One-Point ◆ 宇宙に星座は実在しません。これは本当です。星座は、宇宙空間の中ではまったくの関係のない星どうしを、地球からの見た目で、人間が勝手に結びつけてつくった「空想の産物」です。実際にはない星座が何か意味(象意)を持つとするのは、もはやロマンや幻想でしかなく、現実根拠のないオカルトチックな解釈です。

《 地球の自転軸と春分点 》

周知の事実ですが、必要なので「春分点」のご説明を差し上げます。
以下の説明は、図のほうが分かりやすいでしょう。
模式的に単純化してご説明を差し上げますので、厳密な事実と微細に異なる部分は、ご理解ください。

地球の自転軸と公転軸

地球は23.4度傾いた自転軸を保ったまま、太陽の周りを公転しています。
ご存じのとおりで、そのために「春夏秋冬」といった季節が生じます。
ある時期、右図のように、宇宙のある方向から見たときに、公転軸と自転軸が「平行」になる「瞬間」が、年に2回あります。
これが「春分点」と「秋分点」の時期です。
天文学的に表現すれは、次のようになります。
「黄道と天の赤道の2つの交点(分点)のうち、黄道が南から北へ交わる点(昇交点)を春分点という」…、分かりにくいでしょ。
分かりやすくいえば、冬と夏のちょうど中間、「春」を冬側と夏側に二「分」する一「点」なので、「春分点」です。
俗にいう昼の長さと夜の長さが同じになるときですが、この「春分点」がある日のことを、一般に「春分の日」といいます。
はい、細かいことや厳密なことは、あとで…。

One-Point ◆ 念のために書いておきます。「黄道」は、地球から見た太陽の通り道を宇宙天体に投影させたもので、太陽から見れば地球の公転ラインの投影ということになります。「天の赤道」は、地球の赤道を宇宙天体に投影させたもので、地球の自転軸に対して直角ゆえに、「黄道」とは23.4度傾いて交わります。

《 プラトン年と宝瓶宮時代 》

次に、「春分点」の移動をご説明いたします。
「黄道」と交わる「天の赤道」は、不動ではなく、実は少〜しずつ移動しています。
では、なぜ「天の赤道」が、少しずつとはいえ、移動するのでしょうか?
下の左側の2つの図のように、地球の自転軸は、23.4度の傾きを保ったまま、宇宙的規模の時間をかけて、ゆっくりと回転移動(歳差運動)しているためです。


歳差運動:プラトン年


そのため、「春分点」も同じ時間をかけて黄道上をゆっくりと移動していきます。
約72年に1度、約2,160年に30度、約25,920年(2,160年×12)で360度、すなわち1周します。
この周期が、「プラトン年」です。
古代ギリシャの天文学者ヒッパルコス(BC190頃-BC120頃)の発見です。
宝瓶宮時代の根拠」をご一読された方なら分かると思いますが、ヒッパルコスの生存中、紀元前170年頃が「春分点」の起点、すなわち「プラトン年」の起点となります。
つまり、「牡羊宮時代」から「双魚宮時代」に変わる瞬間がここで、ホロスコープでいう「牡羊宮0度」にあたります。
下図のように、これを起点に30度ずつ黄道上に12サイン(宮)を配し、「春分点」が移動したサイン(宮)をもって、その名称によって「○○宮時代」となります。
現在は、春分点が宝瓶宮(水瓶サイン:宮)に入ったばかりの位置にありますので、宝瓶宮時代です。
実在しない星座の「みずがめ座」や「水瓶座時代」ではないことは、もうお分かりでしょう。
お気づきのように、天の赤道がサイン(宮)を逆回りに移動していくために、「春分点」も逆サイン(宮)順に移動していきます。
ここに宇宙哲理の秘密があるのですが、それは機会を改めてお伝えいたします。


春分点の起点


One-Point ◆通常のホロスコープのサイン(宮)と同じです。ただ、「プラトン年」の場合、サイン(宮:プラトン月)は動かず、黄道上を移動していくのは星ではなく「春分点」です。「春分点」が位置するサイン(宮)によって「○○宮時代」が決まるのであって、決して、宇宙に実在しない星座によって決まるものではないのです。お間違えなく。これに伴って、私たちが使うホロスコープのサイン(宮)は、少しずつ動いているのです。

「宝瓶宮時代」の正しい理解

●右の図や本文から分かるように、宝瓶宮時代(水瓶宮時代)というのは、地球の「自転軸の回転」に伴う時代変化の一つです。
誤まって考えられているように、太陽系そのものが「みずがめ座」という実在しない「星座」や、どこかに入るのではありません。
正しくは「春分点」が、占星学における「水瓶サイン(宮)」の位置を通過していく約2,160年期間をもって、「宝瓶宮時代」といいます。

《 特別付録:「春分点」と基本三数 》

根本認識として理解が必要なので、補足的に書いておきます。
当たり前ですが、ホロスコープというのは、あくまでも地球が中心です。
その地球は、「自転」することによって、1日の変化、昼と夜が生まれます。
これが「ASCハウスシステム」です。
その場合、上半球のハウス(室)が「昼」を象徴し、下半球のハウス(室)が「夜」を象徴します。
また、地球が「公転」することによって、1年の変化、春夏秋冬の季節が生まれます。
これが太陽サイン(宮)を第1ハウス(室)とする「ソーラーサイン・ハウスシステム」です。
魚宮、牡羊宮、牡牛宮が春のサイン(宮)で、双子宮、蟹宮、獅子宮が夏のサイン(宮)……というように象徴されています。
さらには、地球の「自転軸の回転」によって、今回のテーマである「プラトン年」、すなわち時代の変化や人類歴史の変遷が生まれます。
それだけではなく、「自転軸の回転」に伴う「春分点」の移動は、ホロスコープ自体のサイン(宮)の位置や度数を規定していきます。
これがホロスコープの基礎です。
つまり、「自転」「公転」「自転軸の回転」という、地球の3つの回転によって、「ホロスコープ」は規定されていきます。
そして、個人の性格や運命、社会の変化、歴史の変遷といったディレクションが生まれていきます。
宝瓶宮占星学の基礎理論の一つ「数理法則」の基本三数からいえば、「自転軸の回転」は「時代」、すなわち1数=「時間:意志」が象わします。
地球の「公転」は「世界や社会」、すなわち2数=「空間:実体」によって象わされます。
地球の「自転」は「人間個人」、すなわち3数=「人間:関係」によって、それぞれに象われていきます。
「プラトン年」は、皆様が認識されている以上に、ホロスコープにも、人類歴史にも、大きな影響を与えています。

One-Point ◆これまで「プラトン年」について正しい認識がされていませんでした。「宝瓶宮時代」というのは、その象意から、「全地球規模」や「宇宙的な広がり」を持つ時代です。そのため約25,920年(理論値)という宇宙的周期の「プラトン年」の理解が必要になってきます。人類歴史の未来の姿や方向性が、ここからリーディングできるのです。



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